The left cheeks 連鎖への訣別

 

 

  恐らくは永く映画史に刻み込まれる一作といって過言はないと思います。

ダスティン・ホフマンが彼の持ち味を十分に発揮して「卒業」とは全く違う分野で、演技力を魅せました。

 

  監督はサム・ペキンパーがメガホンを取っています。

「ゲッタ・ウェィ」、「コンボイ」など汗臭い男と暴力の描写でアメリカを代表する監督の一人です。

サム・ペキンパーは翌年1972年にスティーブ・マックイーン主演で2作撮っています。

「ゲッタ・ウェィ」にも獣医が強盗に脅され逃避行に巻き込まれてゆくシークエンスがあります。

ここら辺はペキンパーの真骨頂といえるでしょうか・

 

この作品で気の弱い数学者のデイヴィッドをダスティン・ホフマンが演じ、少し欲求不満で日常に変化を求めているような妻のエイミーをスーザン・ジョージが好演しています。

男をそそるセクシーな唇と、翳りのある目の表情がとても印象に残りました。

人というものの弱さ、ただその内面に潜む「果てしない連鎖との決別」を決意した人間の暴力性。

人間の持つ二面性を具現して余りあるラストへの流れは画面に釘付けにされるに値するものです。

優しさ、人との付き合い・・・そして置かれている立場。

でも人間とはそれ以外に、それだけで済まされない状況に立たされる瞬間があるわけですね。

わらの犬は、“護身のために焼く、取るに足らない物” という意味だそうです。

 

  ペキンパー監督は当初、ノーベル文学賞受賞の作家ハロルド・ビンターに脚本の執筆を依頼していますが、ビンターはその過激な内容にこの依頼を断ったそうです。

『天と地は無常であり、無数の生き物をわらの犬として扱う。賢人は無情であり、人間たちをわらの犬として扱う』

このタイトルは老子の語録からの引用だそうです。

 

  イギリスの片田舎の風景は妙に殺伐として寒々と感じる、積んだ石垣にまとわる雑草がそうした人間の無常を表すかのようで " わらの犬 " とは言い得て妙です。

 

痛くもないはらわたを掴まれるような感覚がこの映画の醍醐味ではあります。