犬の吠える声が我が国のワンワンと全く違うように、英語では羊の鳴き声は「Baa Baa バーバー」と表現されます。
「The Silence of the Lambs」は、" あの子羊たちの沈黙 " → "いつも夢で騒いでいる子羊たちが黙ること " と、このような違訳になるそうです。
1991年公開サイコ・スリラーにしてエポックな話題を提示しこの年のアカデミーを独占したアンソニー・ホプキンスとジョディー・フォスター主演の「羊たちの沈黙」です。
原作までは読んでいませんけど、これは難しい作品でした。未だに腑に落ちないところがあってスッキリしないような・・・大まかな筋立てはジョディー演じるFBIアカデミーの訓練生クラリスが女性の皮を剥いで、その死体を川に流すという猟奇殺人の捜査に行き詰まり、スコット・グレン(特殊機関の上役を演じればピカイチですね、この方)の特命を受け、天才精神科医のレクター博士に 犯罪心理と犯罪者への手掛かりをレクチャーしてもらい、クラリスの幼少期という心の奥底に滲むかのように宿るトラウマと狭間に揺らぎながら、一歩ずつ犯人のバッファロー・ビルを追い詰めてゆくというストーリーでしたね。
この作品のキーワード「羊」 に絡む彼女のトラウマの正体も当初理解できませんでした。
それに、クラリスにどうしてここまでレクター博士が協力的なのかとか?
これらは、原作とも併せ読んで "観る" 必要がありそうで、上質な脚本における心理合戦という土俵で演技のツワモノ達が個性をぶつけ合うこの作品ならではの謎解き・解釈への招待でもあってこれは、これで映画の楽しみだと感じます。
何度も観るうちにスーッとねじれた紐が軽くなるような、"必然を伴う映画への解釈" だと落とし所をつけれるような、それでいいんじゃないでしょうか!?
個々の役者を見ていくなら、このアンソニー・ホプキンスの持つ異常さの巧みな表現はどうでしょうか?
この作品の演技でアカデミー主演男優賞を受賞した彼のフィルモグラフィーたるや、う~ん凄い経歴ですね。
1974年の「ジャガー・ノート」から、「遠すぎた橋」、「エレファント・マン」、1992年二役を演じた「ドラキュラ」、「ジョニー・ブラックをよろしく/Meet Joe Black」、2000年「ミッション・インポッシブル2」、記憶に新しい「ザ・ライト-エクソシストの真実/The Rite」まで。
つまりは殆んどどんな役柄もこなしてしまう名優といえるでしょう。
映画を作るうえで、監督にとってこれほど頼もしい役者はいません。
そこに居るだけで周囲を覆いつくしてしまう。
まさに "博士の異常な愛情" を地でいくような演技は他の俳優にこなせるとは到底思えません。
反して清廉なイメージと "壊れやすい薄い氷" のごときトラウマを抱え持つクラリスを演じるジョディー・フォスターにしても、さて彼女以外の適役ありや? と思えてしまいます。
ハリウッドにおける知性派女優の代表格のような存在の彼女が、凛とした女と時の積み重ねにボロボロ崩れ落ちる土壁のような背反しうる脆さを演じて爽快ではあります。
このサイコ・スリラーサスペンスともいうべき作品は個人的に好きな映画のジャンルですが、この映画は画期的な作品であったと今も思っています。
では、冒頭からの「トラウマ」の件ですが、父子家庭であったクラリスにとって父との別れが、死による離別こそが彼女のトラウマの根幹であったと私は解釈しました。
勧善懲悪もドンパチも、映画にとってのたまらない面白さではありますが、"謎を残す謎"という部分も映画の楽しみであり、また深い趣の由縁なのではないでしょうか?
レクター博士が脱走をはかる"身の毛もよだつ驚愕のシーン"におけるアンソニー・ホプキンスの怪演と人間を超越するかのような迫真の表情をYoutubeの映像でどうぞ!